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オバマ大統領の幼稚な核廃絶論の欺瞞!

オバマが広島を訪問し核なき世界を訴える「広島演説」を行った。彼は言う、なぜ私達は広島を訪れるのか?「恐ろしい力に思いはせるため訪れる。」オバマは「原子の分列を可能にした科学の革命には、道徳上の革命も求められます。」と広島と長崎は道徳的に目覚める始まりとオバマは言う。

オバマ大統領は広島に核兵器の発射ボタンの黒いカバンを持参した。彼は戦争が国際法を踏みにじって民間人をも攻撃対象にする帝国主義の残虐性を語るべきだった。今もアメリカは、核兵器を相手が持たない場合は使う可能性があることを語るべきであった。アメリカの核政策が「自分は保持するが他国には保持させない」ものであることはイランやイラクへの政策を見れば明らかだ。

原子爆弾が悪いのではなく、世界の覇権を握るために、あらゆる武器を誇示する帝国主義が悪いとオバマは語るべきだった。オバマの演説を聞いていると観念的で、幼稚で、核兵器の使用はまるで道徳の問題であるかのようだ。オバマ大統領が核廃絶を語るなら、アメリカがまず率先して自分の核兵器をすべて放棄すべきであった。自分は核のボタンを持参しながら、観念的に核廃絶を語ることで得られるのはノーベル平和賞ぐらいなのもだ。あまりにも空虚で観念的で幼稚である。

イラクは大量破壊兵器=核を持っていなかったので侵略され、北朝鮮は核を持っていたので侵略されなかった。これでは小国が帝国主義の侵略を逃れるためには核を保持しなければならないと言っているようなものだ。オバマが核廃絶を語るなら「アメリカは核を最初には使用しない」となぜ宣言しないのか?オバマの論では人々が道徳に目覚めれば核廃絶が可能であるかのようだ?あまりにも幼稚で馬鹿げている。

実際には、世界中の国ぐにが全て核を保持し、核が使えなくなるまで核の廃絶は不可能なのだ。つまり核兵器を無くするには核兵器を保持しなければならないのである。これが現実なのだ。日本はアメリカの従属国であり、アメリカの核の傘の下でいるのに観念的な「核廃絶」の運動をする人達は間違っている。日本が対米自立し、核兵器を保持することで核の廃絶の主張が可能になることを知らねばならない。それが政治の現実なのだ。自分はアメリカの核で守られながら(=支配されながら)観念的な核廃絶の運動は綺麗ごとのごまかしなのだ。

中国や韓国のように過去の戦争賠償を要求するものは歴史報復主義であり、戦争勢力であることを指摘しなければならない。過去戦争賠償が次の戦争の火種となった歴史の教訓を忘れてはいけない。毛沢東がなぜ田中角栄に戦争賠償を放棄すると明言したのか、それは中国走資派が必ず戦争賠償を持ち出し、日本に戦争を仕掛けるであろうことを読んでいたからである。

オバマの観念論に騙されてはいけない、アメリカは引き続き侵略勢力なのであり、ただ今は息継ぎの和平の局面にあるにすぎないのだ。
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