107人を死なしても経営者の刑事責任はなし!?

平成17年4月尼崎市のJR福知山線のカーブでの脱線事故で、快速電車が脱線マンションに激突し乗客など107人が死亡し、562人がけがをした事件。経営トップの責任を問うため、遺族が警察審査会に審査を申立ててから裁判が始まった経緯がある。

裁判ではATS=自動列車停止装置を設置させるべきだったかどうかが争われた。最高裁第二小法廷の山本庸幸裁判長は「事故の前は、法律上、ATSの整備は義務ではなかったうえ、整備の判断は鉄道本部長にゆだねられていて、3人が危険性に関する情報に接する機会は少なかった。」として上告を退ける決定を出した。

労働者が事故で人を死なせたら業務上過失致死で逮捕される。しかし経営者が刑事責任を問われることはほとんどない。107人を死なせても刑事責任は経営者には問えないのである。JR西日本では民営化後架線の取り換えや、保線の工事期間を2倍に延長した。例えば架線の取り換えは3年から6年になった。利益第一の経営の結果である。事故現場を事故前に、私は当時快速で通過した事が有った。先頭車両に乗ったが、普通右カーブの場合左側線路が高く設定してある。しかし事故現場では左側線路が低く、車両が倒れそうなぐらい傾いていた。保線が十分に行えていなかった。素人でも危険を認識できたのである。

当時私はJR西日本の社員の人から「いつ大事故が起きてもおかしくない」という社内の状況を聞いていたので、福知山線の快速に乗るときはそれ以後、後ろの車両に乗るようにしていた。乗客でも事故を予見できたのであるから、当然経営者には経営責任がある。当時電車が遅れると運転手に厳しい懲罰が下されたのであるから、こうした労務管理が引き起こした事故であった。なぜATSの整備が裁判の争点になるのか理解出来ない。

聞くところによると裁判官の判決文も「コピペ(コピーして貼り付ける)する」時代だという。確かに労働裁判でも、書面を読んでいないと思えるひどい判決文がある。裁判官の質も劣化しているのである。だからもとより裁判所が経営者の刑事責任を問う訳がないのかもしれない。今の裁判所には過剰な期待をしてはいけない。労働裁判でもできるだけ高い解決金で和解しないと、判決まで行くと、とんでもない判決となる時がある。日本の社会で一番改革が遅れているのが司法なのである。

経営者の利益第一の経営の結果多数が死亡した事案では、経営者の刑事責任を問うような法律改正がなされるべきだと思う。利益第一の民営に移行後の事故であるだけに遺族の無念は理解できる。小泉改革の犠牲とも言える事故であった。
スポンサーサイト

森友学園問題は右翼政治の腐敗・堕落の表れ!

日本の売国右翼が明治時代への郷愁から教育勅語を園児に暗礁させても、戦前の軍国主義が復活するわけでは有りません。むしろ偽装右翼が国有地をただ同様に購入=横領するために右翼政治家を利用したということで、問題の本質は国有地が政治利権化し、政治家が私物化して払い下げていることです。同様の払い下げ問題が全国各地であるのです。

森友の問題はその他、官房機密費が100万円寄付されていたように政治が私物化されていることが問題なのです。安倍右翼政権が長く続いて腐敗している、ということです。森友側も首相側も右翼で、このバカ騒ぎで「共謀罪」制定問題が隠されていることこそ問題です。

中国と韓国が「反日」をやることで日本の右翼政権を支えていることは遺憾と言うしか無く、国民世論の右傾化を一部の利権学校経営者が悪用したということだと思います。それにしても日本の右翼は銃剣術を学校教育に取り上げ、教育現場に自衛隊員を派遣しようと企んだり、教育勅語を復活させようと企んだり、明治の軍国主義にあまりにも郷愁を持ち過ぎです。その前に対米自立を成し遂げてから言うべきことです。

ついでに言うと、現在の日本には軍国主義の経済的基盤は有りません。GHQの戦後改革は農地改革で地主階級を無くしたので、日本は他国の土地を取りに行く侵略を目指す勢力は有りません。財閥も解体したので軍需産業も有りません。日本はアメリカの兵器を購入しています。つまり右翼が明治時代に郷愁を持つのは自由ですが、日本国民は軍国主義にあこがれは持っていません。日本国民とアジアの人民に旧日本軍国主義が大きな災厄をもたらした事実は、日本国民の反戦への政治意識を高めています。一部の右翼政治家の明治への郷愁に基づく策動は必ず失敗します。

国会論議を見ていると、政治家のレベルの低さは深刻で、右翼の森本問題で日本を監視社会にする重大な「共謀罪」制定策動を隠蔽していることこそ重大です。軍国主義の経済的基盤はなくても法律上の治安維持法は、民主主義を骨抜きにし、言論の自由を侵害するもので絶対に許してはいけないのです。「テロ等準備罪」と名前を変えても何の解決にもなりません。問題は規制緩和で労働者への抑圧が強化され、合法的闘いが狭まっていることであり、労働者への賃金部分が縮小を続け、資本主義が縮小再生産のサイクルにはまっていることであり、資本家の強欲が悪の根源なのです。

安倍政権のトンチンカンな施策が示すものは、政治家は利権で豊かになったが、それと反比例して政治が貧困化していることです。政治が社会的弱者に対して、強権で抑え込もうとすることが間違いであり、社会的弱者への思いやりが政治家から欠落したことが問題であると思います。森友学園問題はこうした「政治の貧困」の表れに過ぎないと思います。森友学園跡地が利権として誰に渡るのか今後監視しなければなりません。

深刻なテレビ離れの原因はくだらない番組にあり!

最近は知人から「テレビを見なくなった」と言う話をよく聞く。新聞のテレビ番組のページを開いても見る気がしない番組ばかりだ。まるでこれが愚民化政策か?と思うばかりだ。

昔はコマーシャルも新しい商品情報があふれていた。コマーシャルまで面白くなくなった。やたらお笑い番組が増え、知識も教養もない、ぐだらない番組ばかりだ。

安倍政権がニュースにまで文句を付けるので、ニュース番組まで面白くなくなった。政府の「提灯持ち」のベンチャらニュースばかりだ。政府の欺瞞的政策の真の狙いを暴露する番組が一つぐらいあっても良いと思うのだが?

最近は新聞の記事にまで安倍政権が文句を付けるせいで、新聞まで提灯記事が増えて面白くない。実は新聞も辞めようか?と考えている。

10月3日からテレビの「新視聴率計測方式」が始まる。これはこれまで関東地区の600所帯の調査から300所帯増加し、またビデオを見る数も視聴率に組み込むことで、視聴率を上げようとの魂胆がある。そうでもしないと視聴率が低迷し、民放業界や広告代理店業界が儲からなくなったので、調査方法を変えて視聴率に「下駄を履かせる」と言うことらしい。

これは、やり方が間違っていると指摘しなければならない。大衆の深刻なテレビ離れの原因は、くだらない番組がやたら増えたからだ。面白い番組、面白いニュースを作ることが重要なのだ。政治の欺瞞を暴露し、政治家の愚劣を暴き、高い地位にある人々の腐敗を糾弾する番組を作れば視聴率は上がるであろう。

ドラマ一つ見ても韓国のドラマの方が明らかに技術的に高いし、面白い。安倍政権のマスコミへの不当な介入が、くだらない番組を増やし、大衆のメデア離れの原因であることを指摘しなければならない。政府がアメリカのように世論誘導ができにくくなることは、反面では良いことかもしれないが、文化的な遅れ・後退は日本社会の劣化と言うべきである。

靖国神社が内紛で大揺れという!

「選択」8月号の「日本のサンクチャリー」で「靖国神社」の内紛という記事を掲載している。それによると靖国神社の最高位の徳川泰久宮司が明治維新をめぐり「私は賊軍、官軍ではなく、東軍、西軍と言っている、幕府軍や会津軍も日本の事を考えていた。ただ価値観が違って戦争になってしまった。向こうが錦の御旗を掲げたことでこちらが賊軍になった。」と発言したことが、薩長史観への反発として波紋を広げているという。

徳川宮司という人物は徳川家の流れをくむ人物で言わば賊軍側の立場にある。こんな人物をよく靖国神社の最高位に付けるものである。「幕府軍や会津軍も日本の事を考えていた。」というのは嘘で彼らが考えていたのは徳川家(=幕府)の存続である。

明治維新は封建制を打倒する革命であり、革命派と反革命派を同一視する暴論で、新生日本作りに抵抗した幕府軍や会津軍も靖国に合祀する等は持っての他である。ところが驚くべき事に亀井静香衆議院議員や石原新太郎元都知事が靖国神社に「賊軍を祀れ」との主張をしているらしい。

問題は靖国神社にA級戦犯を合祀したことで天皇陛下が靖国神社に参拝できなくなっていることである。遺族会にもA級戦犯の分祀を求める動きが出ており、遺族会の古賀氏は、合祀は「当時の宮司が勝手にというか独断でというか、日本遺族会に相談どころか連絡もなく行った」として手続きを無効として白紙化する方向であるらしい。

同記事によると靖国神社の徳川宮司はこのほか地位確認訴訟の被告となっており、神社内の徳川宮司をめぐる対立が激化しているという。

現在の靖国神社の最高位に徳川方の人物が付いているのだから、靖国神社には問題を解決する能力があるとは思えない。味噌も糞も同じように扱う連中だからこそ靖国神社にA級戦犯を合祀して恥じないのである。

インターネット時代は民衆の世論が力を持つ!

日本の識字率は世界一で、新聞による権力側の世論誘導とテレビによる愚民化政策が、自民党の長期政権を可能にしてきた。しかし最近は「新聞もテレビも見ない」という人が増えた。権力のための都合のいい情報ばかり垂れ流すのに嫌気を感じている人が、情報源をインターネットに求めるようになった。つまり権力の側が民衆を情報を通じて誘導する事ができにくくなっているのである。

これまで1人1人の抑圧され、泣き寝入りしていた怒りが、ネットを通じて共感を呼び、大きな流れになる時代だ。「保育園落ちた日本死ね!」という若いお母さんの魂の叫びが、大きな反響を呼び、「保育園落ちたのは私だ!」と言うプラカードを持ったお母さんたちのデモまで引き起こした。最初は本当に起きているのか?と疑問を呈していた安倍総理も、とうとう「緊急対策」を取り始める羽目になった。

ワタミの若い女性が長時間労働で過労自殺に追い込まれた事件も、ネット民衆の力がワタミを経営危機にまで追いつめ、渡邊社長を両親の慰謝料裁判での和解に踏み切らせた。すき家は全国の1万人以上の社員に2年分の残業代を払うはめになった。ブラック企業を追いつめたのはネット民衆の力である。

名古屋のブラック社労士の、社員をうつ病にして自殺に追い込むブログが「酷い」と広範なネット民衆の抗議を受けて炎上したのを見ても、民衆の力が社会的力を発揮し始めたことが分かる。高校生が戦争法に反対してデモに立ちあがり、声を上げ始めたのもネットの力が根底にある。

アメリカでは1%の金融資本から資金援助を受けただけで主流派の大統領候補が苦戦し、無党派系の候補者が99%の人民の人気を集めるようになった。アメリカはインターネット社会であり、ネットを通じて世論を反映し、格差社会を「政治革命」すると訴える候補者や、暴言を売りにする素人候補者が支持を集めている。支配階級の企むように新聞やテレビを通じた世論誘導ができない時代が来ているのである。

一人のお母さんの「保育園落ちた日本死ね!」という書き込みが政治を動かし始めたのは、保育園に子供を預けられないで困っている人が多くいたからであり、政治家の「1億総活躍社会」「女性が活躍できる社会」が口先だけだと、怒りを持っていた人が多くいたからである。つまり普遍的力を結集する事がネットを通じた連帯を可能にしている。

インターネットを恐れる者たちが、ネットの中にデマ・嘘の情報を振りまき、インターネットの世界を混乱させている。ネットで情報を得るには、本物と偽物を見抜く力が必要な時代でもある。自民党はインターネットを通じて世論誘導を画策しているという。労働者の団結もネットを通じた運動に代わり始めている。新聞社が経営困難に陥り、テレビを見ない人が増える時代は、インターネットが主流の社会であり、それは社会運動そのものを根底から変え始めたと言える。
SEO対策:政治