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相次ぐ一流企業のデータ改ざん問題の原因!

油圧機器大手「KYB」(東京・東証一部上場)はマンションや病院、庁舎など47都道府県の建物986件の免震・制震装置に検査データ改ざんがあったことを公表した。地震が多発する時でもあり、日本の建物への信頼が揺らぐ騒ぎになった。

過去にデータ改ざん問題を起こした企業は、旭化成建材のくい打ちデータ改ざん、スバルのデータ書き換え、東洋ゴムの防振ゴムの検査データ書き換え、神戸製鋼所のアルミ製品の検査データ改ざん、三菱マテリアルの製品データ改ざん、東レのタイヤなどの品質データ改ざん等があった。

製品のデータ改ざんは、日本企業のモノづくりの技術力低下の中で起きていることで、(1)リストラ経営が熟練労働者からの技術や職能・技能の継承妨げ、以前の高品質の製品を作れなくなっていることの反映である。品質が劣化しても責任を問われ、リストラされるのが嫌で隠蔽することが常態化しているのである。つまりリストラで愛社精神が失われ、自己保身から隠蔽するようになっている。大企業にとっては、言わば自業自得というべき事態である。

またリストラ経営の中で中央研究所の廃止を多くの企業が行い、企業自身の技術レベルが低下していることもある。(2)経営陣の技術軽視が検査デ―タ改ざんを促したというべきだろう。もし製品の劣化の検査結果が出れば、則現場責任者の責任問題となる体質が招いたと言えなくもない。データ改ざん問題の理由の(3)は労働組合を家畜化したことで職場における労組の監視役が不在となったことが、結託してデータ改ざんの隠蔽を許す結果となった。

まとめると、相次ぐ一流企業のデータ改ざん問題の原因は(1)リストラ経営(2)研究・技術軽視(3)労組の家畜化の3つが原因で置き、しかも発覚が遅れたのである。日本の多くの企業が以前の高品質の製品を作れなくなっているのを隠蔽するためにデータを改ざんしているのである。
日本のモノつくり国家を守るには、リストラ経営をやめ、技術重視・品質重視・愛社精神の復活、熟練労働者重視、そして職場の監視役としての労組の経営からの自主・独立が必要なときである。
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防衛大学校でのいじめ・暴行が多発!?

7月25日付け「しんぶん赤旗」は一面トップで幹部自衛官の養成期間である防衛大学校で、上級生らによる下級生への暴行、いじめ、セクハラが横行している事を報道している。この報道によると内部資料は2016年5月に国と加害学生を相手に損害賠償請求訴訟を起こした弁護団が裁判手続きや情報開示請求で入手したもので、元防大生は休学から退学に追い込まれたという。

防大が開示した07年から16年までの10年分で、規律違反は合計1136件、うち懲戒処分を受けたのは約半数の550件で、平均すると規律違反は月に10件程度、懲戒処分が月5件程度になる。いじめの内容は危害学生らにズボンと下着を脱がせて陰茎を掃除機で吸引した、とかポットのお湯をかけた、とか殴って鼓膜が破れた例もあったという。

「私的制裁には暴力、脅迫、わいせつ行為、盗撮、暴行・傷害、窃盗、横領、強制わいせつ、準強姦まであったという。陰毛に火を付けるのを「ファイヤー」毛剃(髪を切る)、「食いしばき」(=ラー油の一気飲み靴墨を入れた食べ物を与える)などもいじめでやられているという。旧日本軍もいじめが深刻な部隊であったが、これが将来自衛隊の幹部を養成する防衛大学校でこうしたいじめ・暴行の伝統が残っていた事は、多くの日本国民に衝撃を与えるものである。

自衛隊内に今も残るいじめによる自殺が多いこともこうした防衛大学校でのいじめ・暴行が影響しているのではないのか?日本は自衛隊だけでなく大学や職場にもいじめが行われており、年間3万人近い自殺者が出ている。こんな防衛大学校では、自衛隊内のいじめの酷さも理解できる。防衛大臣はこうしたいじめを厳しく禁止させないと自衛官不足はさらに深刻になるであろう。

多くの国民はこんないじめ・暴力が蔓延る自衛隊で日本の防衛は大丈夫なのか?心配になる。いじめが蔓延る組織が強いわけがない。関係者は反省してほしい。

日本の指導者の「道義」が地に堕落ちた!

「人が行うべき正しい道」の事を「道義」という(広辞苑)、この「道義」が疑われる指導者が日本には多すぎる。安倍首相の「森友・加計問題」、大企業のデータ改ざん問題、日本相撲協会の八百長・暴力問題、日大アメリカンフットボール部の問題、関西学院大の暴力教師の問題、理研のパワハラ・セクハラ・不正、大学のパワハラ・研究妨害、大学研究者の論文のパクり問題、財務官僚の公文書改ざん問題、文科省の官僚の贈収賄での逮捕、一つ一つ挙げていけばきりがない。東電の原発事故もこうした「道義」が地に堕落ちた表れかもしれない。

あらゆる組織のトップが腐敗しているのであり、こうした人達に「道」を説いても意味がないのだが、世界中の人達が称賛する誠実で秩序ある日本人は、上層階級の人達は例外で、彼らは「正しい道」を忘れたのであろうか?それとも日本が豊かになって、支配層に驕りが生まれたのであろうか?

特徴的なのは、不正が摘発されても、醜く居座り、言い逃れし、反省せずごまかす。これが共通してみられる。安倍首相などは「森友・加計問題」で1年以上言い逃れしている。道義に反する行為と自覚したなら、なぜすぐ責任を取って辞職しないのか?引き際の悪さは権力の座にいる人の特徴なのか?それとも失うものを持つ人達は道義に反することも平気で切り返すようになるのか?日本の民主主義は上層から腐りつつあるのではないのか?

世界でも珍しい日本社会は「道義」が一般民衆にまで浸透する貴重な存在なのに、日本の上層の人達の「道義」が地に落ちているのが現在の日本なのである。利権にありつくと平気で嘘を付き、違法行為をやり、商品のデータまでごまかすようになる。責任ある地位にいる人達は恥を知るべきである。
日本の指導者の地に落ちた「道義」を回復する道を日本人は真剣に考えねばならない。マスコミがこれを誘導すべきなのであるが、現実は権力に媚びるばかりなのである。

パワハラ防止に結論出せなかった検討会!

先月の27日、厚生労働省のパワーハラスメント対策を話し合う厚生労働省の有識者検討会が報告書をまとめたが、企業にパワハラ防止策を義務付けるかどうかで対立、結局法制化と、法的強制力がない指針(ガイドライン)の両論併記となった。

労働側の委員は法制化を強く求め、使用者側委員は法制化は経営の足かせになる、と反対した。この新聞報道を見て驚いた。現在パワハラは企業経営にも障害となっており、指導能力の無い管理職がパワーを振り回して社員を次々うつ病にし、企業経営の上でもマイナスになっている実情があることを、経営側委員は知らないようである。

仕事の上での指導と権力誇示のパワハラによる自己充足は全く別のものであるのに、日本では全て「「味噌も糞も」一緒にして「指導上のトラブル」でかたづけて、労災認定もしない。現在うつ病の治療をしながら働いている労働者は30万人を超えており、健康保険会計にも悪影響が出ている。

大学や研究機関におけるパワハラはもっとひどく、人の研究を奪い取り、有能な人材を蹴落とすためにパワハラがやられ、優秀な人材が多く海外に流出したり、うつ病になったりしている。このためパワハラが「人も組織もダメにする」と言われており、欧州では早くから精神的暴力は刑事罰則が加えられる。

パワハラを防止しないと学問の自由はなく、日本の大学や研究機関や企業でもはや研究成果を期待することが多くは難しくなっており、パワハラ放置を主張する企業家は大バカ者というべきだ。いまだ至るところでパワハラがやられ研究成果だけでなく、優秀な人材を多く企業が捨ててしまい、ゴマスリだけが出世するため、日本の組織はバカの集まりで、人材の多様性を維持できなくなっている。

つまり日本のパワハラの現状は、パワハラ防止法で禁止しない限り日本国を3流国家に陥れることは確実である。政府はパワハラの禁止法制定に反対した人物(使用者側委員)の名前を是非公表してほしい。そのことがどれだけ国家的利益を毀損するかも知らない大バカ者という他ない。

人の心は社会的地位が上がるほど汚い!

東日本大震災のとき、日本人のモラルを世界中が評価しました。悲しみを押さえて水や食料の配布に並ぶ人々の姿が世界中の人々に感動を与えたのです。

今の日本は、公的資金を友達に横流しする首相。国有地を格安で買った学園の名誉校長が首相夫人だ。官僚は政治家の下僕と化し、私的利益のために忖度する。官僚のトップが恥知らずなセクハラ発言を繰り返す。大臣がそのセクハラをまるで犯罪をしかけられたかのように庇う。

企業の幹部がセクハラ・パワハラ満載で、被害を受けた労働者が労災申請したら、それを妨害し、あたかもパワハラがでっち上げであるかのようにうそぶく。会社に妊娠を報告したら社長から怒鳴りつけられ退職届を書けと迫られる。どう見てもマタハラなのに、監督署も労働局も相談で被害者を救済しようともしなかった。

パワハラやセクハラやマタハラを訴えたら、訴えたほうが職場を追い出されるのが日本なのだ。社長がハラスメントを繰り返す、情けないほどのアホさ加減はどうした事か?世界中が絶賛する日本人のモラルは社会の底辺の人だけの話なのか?日本では、人の心は社会的地位が上がるほど汚いと感じるのは私だけであろうか?

新世紀ユニオンの無料労働相談は東日本大震災の前には年間220件もあった。ところが震災後には労働相談はぱったりと途絶えた。経営者であっても大震災の後ではリストラや首切りを控えたのである。ところが震災から5年経つとそこらじゅうにブラック企業・ブラック経営者があふれている。

どうやら経営者は強欲のあまり、いかに生きるべきか!という美学を失った人達のようである。私は社会的弱者のために闘う事が、なりよりも貴いと考えています。社会的地位が上がり、それにつれて人間の心を失った人々を何よりも軽蔑します。生活に、生きることに困難を抱えている人々を救うことができる偉い人々が、高慢になり、腐敗し、自分の使命を忘れている姿があまりにも多いことを恥じなければならない。
   新世紀ユニオン執行委員長 角野 守
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